2026年 6月7日

 水曜日に台風が通過した。この時期に普通に大きめの台風が通過するのは珍しい。ただ、このところ雨は定期的に降り続いているけれど、基本的に昨年の秋からの渇水の傾向は終わり切っているわけではないので、有難い降雨だったという見方も出来る。

 日本全国で言えば、浸水被害があったり、決しておとなしい台風だったわけではないけれど、藤野で言えば、確かに大雨ではあったけれど山崩れを心配するような降りではなく、風も吹き荒れるわけでもなく、静かな内に終った。まあ中央本線は運休になったけれどね。

 どうもここ数年、中央本線が簡単に運休を選ぶようになった気がするなぁ。そりゃあ、安全を考えての判断なんだろうけれど、昔の国鉄時代だったら、意地でも交通を停止させまいと言う気迫が、今よりもあったんじゃなかろうか。

 かといって、今のご時世で「何が何でも交通を止めるな」なんて考えはそれこそブラックで、許されるはずもない。それよりも、「昔だったら意地でも運行していたかもしれないが、これからの世の中は、大事をとって早め早めに運休の判断をする方が望ましい」という考え方の方が正しい、と言われれば私もそうだと思う。思うのだが・・・。

 それって、昔よりもこの国に情熱や活気が無くなってきている事の現われではないか、という不安も、感じないでもない。

 この台風、私にとっては無害ではなかった。私の棲んでいる家は沢から水を引いている。沢の上流に取水場があって、そこからパイプで水を家まで降ろしている。台風のような大雨になると、沢も濁流になる。結果、沢の取水場に土砂が溜まって、水が降りてこなくなる事がある。少々の大雨程度だったらそんなことは無いのだけれど、今回はそれが起こった。起こった以上は、沢の上流まで行って土砂を浚ってこなければならない。

 幸い、その作業は簡単に終わった。まあこんな普通だったらしなくてもいいような苦労が山暮らしにはある。その分、水道代はタダなんだけどね。

 でも、私も今だったらこんな作業も出来るけれど、年を取ったら無理だと思う。

 台風が過ぎて山の景色を見ると、ほとんど緑一色になったと思う。ホオもミズキもエゴノキもウノハナも野ばらも、木の花はだいだい落ち尽くし、今咲いている木の花といったら栗くらいか。しかし栗の花って緑がかった色合いで、あまり「花」としては目立たない。

 以前から時々この日記では書いてきているけれど、この時期の山の色合いって単調なくらい緑一色で、華やかさが無くなって静まり返ったような印象がある。これは、何か理由があるのかなと考えていたけれど、もしかしたらこうかもしれない、という理由を思いついた。もちろん私は植物学者でもなんでもないので、当てにならない想像だけど。

 今は一年の中でも最も日照時間の長い時期だ。もしかしたら、植物としては、そんな時期には花を咲かせたり実をつけたりと余計な作業をするよりは、ひたすら葉っぱを茂らせて光合成にすべての能力を集中させたいのかな。それが植物にとっての生存戦略なんじゃないか、と思った。

 勿論、冷害を探せばいくらでもある。花だって前述の栗は今が盛りだし、トチの木とかこの時期に花を咲かせる木が皆無と言うわけではない。実の方だったら例外だらけで、ビワも梅も桑の実も、今が盛りの収穫時期だ。

 でも、私には今の時期の山の景色が、木々が太陽の光を求めて、その持てる能力を光合成に全振りしているようにも思えるのだ。「とにかく今は太陽の光を浴びて光合成をする事以外、何も考えたくない」、木々にはそんな事情でもあるのだろうか。そう思うと、イマン時期の山が単調な緑一色になり、静まり返って見えるのにも納得がいくのだ。

 山の木々は単調かもしれないが、草の花だったら華やかなものも出始めている。タチアオイは既に花を咲かせているし、アジサイも色を出し始めた。これはこれで、このGに花を咲かせる生存戦略があるのだろう。

 もしかしたら、木々の花が少なくなった時期には、ミツバチやハナアブにはぜひ私の所に来てほしい、という思惑もあるのかな。あえて今の時期に咲く花には。

 雨のせいかもしれないが、このところ、少し肌寒い。ストーブをつける程ではないが、朝晩はどてらを羽織るくらいには冷える。

 もっとも、南欧では35度とか40度越えの熱波に襲われてるという話も聞く。そんな猛暑になったら、今の時期の涼しさを恋しく思うのだろうな。

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