道端でホタルブクロが咲き始めた。見るからに、いかにも蛍と似合いそうな花だ。この花の中に蛍が入って、そこで光を点滅させたら、さぞ風情があるだろう。ただ、これは私の勘違いかもしれないが、かつてはいかにも蛍の出始める時期に、この花は咲いていたような気がする。さすがに蛍の時期には2週間ほど早いので、もしかしたら、この気候変動で咲く時期が早まっているのかもしれない。私の印象では、ホタルブクロって、6月に入ってから咲く花という思いがあるのだけどな。
下の写真の花は、何の木の花かは判らない。あまり藤野では見ない花だけど、相模湖沿いに時々見かける。総じて、この時期の花は地味なものが多いけれど、それでも虫たちにとっては貴重な存在らしく、蜜や花粉を求めて虫が飛び回っていた。
毎年、田んぼをやっている仲間たちと、田起こしと代掻きをした。私の参加している田んぼは、周囲の田んぼと比較しても、一番遅いくらいの時期に始める。まずは田んぼの草刈りと、耕運機での田越し。土を掘り返して耕した所に水を入れて代掻き。代掻きは一回だけではなく、時間を置いて複数繰り返す。山の田んぼは水が抜けやすく、こうして慎重に泥をかき混ぜて田んぼを作らないと、いくら水を入れても水が溜まらないことがある。
相模湖のダムはだいぶ溜まってきたが、今年は基本的には水不足の影響は続いている。田んぼに引く沢の水も少なめで、代掻きには難渋した。
前回の日記で、個人的な経験として、急な困難な事態に直面して、大慌てで事態に取り組んでいたら、確かに災難ではあったものの、これまで何十年と抱えていた問題も同時に解決に向かった話を書いた。何かが壊れる時、それは災難であって、困難な事態には違いないのだけど、良いものも壊れる一方で、悪いものも壊れるらしい。
このことで連想したのが、中国の古典の、五経の一つの「易経」にある卦の「蠱」の話だった。この漢字、皿の上に虫が3匹うごめいているかのような文字だけど、見るからに薄気味悪い、不吉な感じを与える。易経は、この世の事象を64のパターンに分けて解説する本だけど、占いの本としても使われる。占いでこの卦が出たら、まあ吉とは見ない。大凶は言わないまでも、凶くらいには見るだろう。長らく風通しの悪い状況が続いた挙句、腐敗と混乱が進んでいる様を表している。
ただ興味深い事に、この卦は同時に、このような腐敗が進んで、その腐敗っぷりが表に現れた時は、改革に着手して「大鉈を振るう」のにも絶好の機会だと説く。もちろん、それには入念な準備と、単に乱暴に大鉈を振るうのではなく、優しさや礼儀正しさが根底にある改革でなくてはならない。
何かが壊れ始める時、それは良いものも壊れるが、同時に「良いもの」に寄生していた悪いものも同時に壊れる。それを実体験として目の当たりにした気がした。
まあ、かといって、私自身が「優しさと礼儀正しさを備えた、入念な準備をして改革に取り組んで成功した実力者」だと言うつもりはない。私自身の体験としては、私自身は慌てて右往左往するだけで、実際には周囲の協力によって助けられた割合が圧倒的に多い。随分と、助けられたものだと思う。
それでも、何かが壊れ始める時には、良いものも悪いものも同時に壊れて行くと言う現象を実感できたのは、いい経験だと感じた。
それにしても、いよいよ困ったと思うような困難な時に限って、こういった古典の書物の一節を思い出すのが興味深い。やはり長い時間をかけて読み継がれてきた書物には、そういった力があるのだと思う。
この「蠱」の卦。どのようにして腐敗と混乱に至ったかについての解説も易経にある。その説明も興味深い。人の組織で言えば、上に立つ者たちが目標を見失い、何も創造的な発想が出来なくなって思考停止してしまい、またその下で従っている者たちも、そんな上の人々の意向に疑いも無く付いていき、自ら考えたり行動する事も無く思考停止してしまう。
このような状態になってしまえば、腐敗しない方がおかしい。
だたまあ、じゃあ今のこの国が、そのような腐敗の過程に入っていないのかと問われば、入っているとしか思えない私は心配性だろうか。
壊れる時は、良いものも悪いものも一斉に壊れる。そんな時、入念な準備をして、優しさと礼儀正しさを失わずに改革に取り組める人々が、この国に残っているのかどうか。
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