2026年 1月11日

 少し全国的なニュースとしても報じられたが、藤野の隣町の上野原で山火事が起こっている。今でも鎮火していない。特に土曜日は強風が吹き荒れ、火事を一層酷くしたかもしれない。この強風は南風で、妙に気温が暖かくなったが、翌日の日曜日は北風の強風になって、また冬の寒さが戻ってきた。

 丹沢でも山火事があるらしい。群馬県でも山火事の話を聞く。上野原の山火事だって、決して対岸の火事というわけではなく、カラカラに乾燥した山という条件はどこも同じだ。火の不始末でもあれば、どこでも同じことが起こりかねない。

 今日、写真を撮りにバイクであちこち回ってたら、時々、どうしても上野原の山火事の景色が目に飛び込んでくる。別に野次馬に行くつもりではなかったけれど、丹沢が一望できる高台までは行こうと思ってたら、途中から通行止めになっていた。安全上の問題か、消火作業の邪魔になるからかな。

 途中、大野の貯水池で水をくむヘリコプターも見た。水面上で空中に停止しながら水を汲むんですね。ヘリコプターの風圧はすさまじくて、写真を撮ってたらカメラが水滴だらけになった。こんな勢いで水を汲んで、山に運んで火事の現場に放水するわけだけど、なんか見ていたら、火事の規模に比べて、水の量が少なすぎやしないかとも感じた。まあ、素人の勝手な感想ですけどね。

 一雨でも降れば、少しは勢いも止むとは思いますが、無事な鎮火を祈るばかりです。

 昨年あたりから、人工知能が作る音楽や映像や文章の領域が、「いよいよ人間がうかうかできない所まで来ているぞ」と思い知らされる出来事が続発するようになってきた。「もう、人間なんて、いらんのじゃないか」と思わせたり、ここまで人工知能が進歩すると、これに互角に対抗しようとする人間の作家も大変だなぁと思ったり。

 そこでまあ、じゃあ人工知能に(今のところ)できない領域って、何でしょうね、と考えたりもするわけです。で、この歌を思いついた。朝のドラマの主題歌で、紅白でも歌われました。

ハンバート ハンバート "笑ったり転んだり" (Official Music Video)

 この歌の歌詞、ちょっと、どきりとするような言葉が混じる。

日に日に世界が悪くなる

気のせいかそうじゃない

夕日がとても綺麗だね

野垂れ死ぬかもしれないね

 人工知能が作る歌詞は、やはり、人間が日頃考え、使っている言葉の程よい平均値みたいなところがあって、聴く人の心に爪痕を残すような、心をざわつかせたりする表現には、あまり出会わない。

 もしかしたら、これからの歌には、こういった要素も加わるのかな、と思った。

「あたりさわりのない、楽しく心地よく聴けて、後には何も残らないような歌は人工知能に任せておけばいい。人間が作るからには、綺麗ごとだけではなく、人の心を揺さぶってしまうくらいの物を作るべきだ。」、と。

 ただ、そういう歌ばかりが流行るようになると、それはそれで食傷気味になるんですけとね。人の心に爪痕を残すような、聴いててヒリヒリするような歌ばかり聞いていると、「春の小川」みたいな、何のストレスのかけらも無いような、平明でのどかで聴いた後には何も残らないような歌の方が恋しくなる。

 それから補足しておくけれど、人工知能が作り出す文章にだって、時々、どきりとするような表現が無いわけではない。まあこれは、人工知能が人間の心をかきみだそうと企んでそういう言葉を選んでいるわけではなく、偶然の産物ではあるのだけど。

 いずれは、人の心を上手にかきみだす歌詞を作る人工知能だって、できるかもしれないなぁとは思う。

 私は、何か心惹かれる風景を求めて、あちこちを回りながら(といっても近隣をバイクや車で回るだけだが)風景を探すのが好きなのだけど、いずれは人工知能も、「お前が好きそうな風景って、こんなやつだろ」と膨大な量の写真を作って渡してくれるようになるだろう。いや、すでにそうなっているかな。私がこの方面に詳しくないだけで。

 でもねえ、私は心惹かれる風景が単にほしいのではなくて、そのような風景に「出会いたい」のですよ。実際に風を感じられる現場で。

 この、道の出会いを求めて旅に出たがる感覚は、人工知能に理解してもらうには、もうしばらく時間がかかるだろうな。

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