ここ数日、一気に冷え込んだ。それまでの数日間は、雨は降っても雪に変わる心配はしなくてもいいくらいの、やや暖かめの日々だったが、週末に近づいてから、藤野全体が冷蔵庫に放り込まれたような冷え込みになった。
ただ、そうは言っても関東の冬なので、日照には恵まれている。それは有難いのだけど、あまり冷え込むと、昼間に布団を天日で乾かしても、あまり布団が暖かくなってくれないね。日光はたっぷりと受け取ったはずだけど、同時に冷たい空気もたっぷりと吸収してしまった感じだ。
冬の、山の木々が葉っぱを落とし切った頃に、薪ストーブを使う人は、次の冬用の薪を準備し始める。木を切り倒すにしても、枝に葉っぱが無い方が扱いが楽だからね。チェーンソーで木を切り倒し、枝を払い、幹を玉切りにして、斧やくさびを使って割って薪を作っていく。こういう作業には、一つ一つに習熟が必要で、知識だけですぐに出来るものではない。
チェーンソーだって安全に使うには知識も経験も必要だし、刃ぐらいは自分で研げる技能がないと使い物にならない。ケヤキの中心部の赤身の材なんかを薪にするためにチェーンソーを使えば、一日に何度も刃を研がないとならなくなる。いかに金属の刃といっても、広葉樹の硬い材を伐っていたら、簡単に刃は摩耗して切れ味が悪くなる。
ちゃんと研がれた刃で使われたチェーンソーなら、おがくずを見ればすぐに判るな。
ちゃんと研がれた刃だったら、チェーンソーのおがくずはチップ状に近づく。逆に、ろくに研がれていない刃を無理やりに使っていると、おがくずは粉状になり、またいくらチェーンソーを木に押し当てて切ろうとしても、なかなか刃が進まずに切れてくれない。
そんな苦労をして薪を作っても、今度は、それらの薪に上手く火をつける事が出来る人と言うのが、案外に少ない。硬くて重い広葉樹は、いったん火が付くと長く燃えてくれるが、火をつけるまでには色々とコツがある。まずは紙などを丸めて火を付け、それに燃えやすい小枝などを重ねて火を少しずつ育てていく。小枝から中程度の枝へ、燃えやすい針葉樹の薪へと燃料を変えていき、火の勢いが十分に強くなってから広葉樹の大きな薪の投入となる。
だらだらと薪の話を書いてしまったが、こういう作業って、出来ない人には本当にできない。なかには必死になって太めのコナラの薪に、直接ライターで火をつけようと苦戦している人を見かけた事もあったが、「いやあ、それは無理でしょう」と、さすがにその時は見かねて手伝ってあげた。
なんでこんな事を書いたかと言うと、これから人工知能が更に生活の中に入り混んでくるに従って、こういった、人間が実際に手足を使って何かを成し遂げる技能と言うのが、よりいっそう重要になるんじゃないかな、と思うから。
実は、人工知能が流行り始める前から、こういった実際に手足を使う技能が、人間から衰退してきていた。
誰かが仲間を集めて、河原でバーベキューでもしようと言って遊びに行くとする。最近は、こういった遊びに参加するのをためらうようになった。
当日、コンロと木炭を持参して河原に集まるとする。じゃあさっそく料理を作ろうとしても、炭に火をつける事が出来ないし、かろうじて着火に成功したとしても、安定して炭火を持続させることが出来ない。結局、こういった作業に慣れた人間だけが、火の番と調理を行って、他の人間は遊んでいるか、食べるだけの人間に成り下がる。
あのさあ、まともに炭火を扱う事も出来ないんだったら、炭を使おうなんて思わずに、カセット式のコンロでも持ってくればいいんだよ。なんか、本人たちは「非日常」を体験したいと思っているのかもしれないが、私には、道具を揃えたものの、何もできずに途方に暮れている木偶の坊にしか見えない。辛辣に過ぎる狂言なのは承知だが。
多分、これからの世の中、いろいろな問題解決のための提案は、どんどん作られてくることだろう。それこそ提案だけなら、人工知能が星の数ほど出してくれる。でも最後は、それらの提案を、実際に手足を使って形にしなければならない人が必要になる。
それに、こういった実際に手足を使って形にする技能って、人工知能に依頼するようにその場ですぐに出来る事ではない。技能が形になって習熟するまでには、それなりの時間と経験が必要になる。
人工知能が普及する世の中になって、妙な結果かもしれないが、「体で覚える」作業の価値が、改めて重視されるかもしれない。
問題は、そういった「体で覚える」たぐいの熟練を、今の人間が見に付けるだけの時間があるかどうか。時間があったとしても、最後までへこたれないで身に着くまで努力できるかどうか。
来年あたりから、そういった、現場で支えるタイプの人材不足とかが、問題になってくるかもしれない・・・というか、すでになっているな。
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