今年の紅葉は、北アルプスのような高山では当たり年と言われるほど鮮やかな色合いが楽しめたと聞いている。藤野の紅葉は、そこまで鮮やかではないが、かといって、くすんでいるわけでもない。例年並みと言っていいだろう。夏があまりにも暑かったので、紅葉も落葉も遅れるかと思ってたけれど、そんな事も無く、普通に色付いて、普通に散っていく。もっとも、落葉に影響を与える要因は、気温よりも日照時間の変化らしいので、落葉のタイミングは気温には左右されないのかもしれない。
あまりにも暑い夏だったので、秋も暑さが引きずるかと覚悟していたけれど、あまり暑さがぶり返した記憶がない。過去には、10月や11月になっても、酷い時は12月になっても、思い出したかのように夏日になったりして驚かされる経験もあるが、今年の秋は、そのような高温が戻るような波乱も無く、静かに気温を落としながら、秋は深まっていく。ケヤキの葉っぱも、黄色や橙色に変わっては、次々と散って行った。
道志川沿いのキャンプ場は行楽のお客たちで賑わっている。夏の最盛期程には及ばないものの、秋は秋で、キャンプを楽しみたいと言う需要は底が厚いのだろう。むしろ、炎天下の中、日陰のような逃げ場のない河原でテントを張って遊ぶと言うのは、この猛暑続きの日本では、無理して自ら苦行をしに行く感じにもなるだろう。暑からず、寒からずの秋に遊びに来て、寒さが忍び寄る夜間は焚火をしたり、厚い寝袋に入ったりしてキャンプを楽しむ方が、身体的には楽かもしれない。
最近見た動画で、人工知能の性能も凄い領域に来ているんだなぁと思ったのがこれ。
みんゴルの低評価レビューをAIに作曲してもらうゆゆうた【2025/09/18】
音楽生成の人工知能、SUNO のバージョン5になって、いよいよ「もう歌なんて、人工知能でいいんじゃないか」と多くの人に感じさせる所まで来てしまったように思える。これまでの所、「まだ人工知能の作る音楽らしい、不自然な所があるんだけどね」と、あら捜しを楽しむ余裕もあったけれど、ここまでくるとねえ。
個人的には、演歌が面白かったな。コブシを効かせて、いかにも演歌らしい。こんな曲を、簡単に作曲して歌まで歌っちゃうんだから、ミュージシャンはたまったものじゃないだろう。もちろん、音楽のプロに言わせれば、「まだまだアラがある」と言われるのかもしれないけれど、私のような素人には、もはやあら捜しを出来る余力がない。
もう既成事実として、音楽を作る環境が変わってしまうだろう。というか、すでに変わっているのかもしれない。人間の音楽家がすることは、とりあえず人工知能を精一杯働かせて作品を作らせて、最後の最後に、わずかに残った不備を調整するくらいになってしまうんじゃないのか。
それにしても、と毎回思うのだけど、人工知能が一般社会に影響を与え始めて、真っ先に芸術にその力を発揮するのが興味深い。かつては、最も人工知能が最後に力を及ぼす分野だと思われていたはずだけど。
心配なのは、これだけ人工知能がいろんな仕事をプロ並みにやってしまう世の中になると、若者たちが、何かを目指す事を、諦めてしまうんじゃないか、という事。音楽に限らず、芸術や芸能の分野が、「全部人工知能がやってくれるでしょ」と思われるようになってしまったら、今から自分の技術を磨いて、修行して高みを目指す気持ちにはなれないだろう。
これは、なかなか怖い事だと思う。芸術に限らず、人間が何かの技能を積むには、一定の時間と努力がどうしても必要になるし、そこには試行錯誤も、努力の割には結果が報われない苦しみも味わうことになる。目指す先に成功や達成があるのなら苦しみにも飛び込むだろうし、自分の人生をかけて挑戦する気概も持てるだろうが、人工知能が全てやってくれて、今さら成功も達成も期待できないとなったら、若者から何かに挑戦する動機を奪ってしまうことになる。
人工知能に出来ない事と言えば、「過去にない事」だろう。人工知能が生み出すものは、既にこの世に在るものを再構成したものだ。となると、未だ誰も考えた事のないものを生み出すより、人工知能を越えるものは生み出せないことになる。
でもなー、「未だ誰も考えた事のないもの」って、退屈な事も多い。芸術で言えば、「前衛」と名の付くものは、絵画でも音楽でも、多くの人にとって「何だこりゃ」と当惑させて、感動よりも戸惑いを残す。そこに人間的な幸福があるのかと言えば、どうだろう、あまり納得のいく幸福感は、ないんじゃなかろうか。
これからどんな分野であれ、人工知能はその力を発揮してくだろう。その過程で、多くの人々に、戸惑いや、失望や、自信喪失や、無気力を与える事態になるかもしれない。
そのあたり、これからどうやって向き合っていくのかも、課題になっていくのだろうな。
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