この秋最初の霜が降りた。こうなってくると、山の木々も、風が吹けば雨のように葉っぱを散らす木々も増えて来る。もっとも、まだまだ紅葉というよりも緑を湛えた木々の方がずっと多いが。山の道路には落ち葉が降り積もり、道の両側に溜まって来る。近隣の畑をやっている方々が、それらの葉っぱを袋に詰めて持っていく。考えてみれば、こういった方々は、自分の畑の為とはいえ、道路に積もる葉っぱを掃除してくれているという側面もある。もちろん本人は道路清掃のボランティアをやってるわけでも、そのつもりもないだろう。あくまでも自己の利益のためにやっていると言えばその通りだ。
でも、いざそういった方々がいなくなり、道路に葉っぱが積もる一方になってしまうと、誰かが掃除をしないと通行不能になってしまう。最後の最後は行政が税金を使って掃除をすることになるかもしれないが。
そう考えれば、山里に畑をやる人々がいて、堆肥を作るために葉っぱを収集する人々がいると言う状態は、世の中全体を考えてみても、誰も損をしない有難い状態と言える。
よく、日本の農業は山間地に畑があり、大規模化が出来なくて非効率だから意味が無い、という意見がある。でも、山の畑が、山の暮らし、山の環境を維持している側面がある事は、強調してもいいだろう。
これまでこの日記で、最近ニュースを騒がせている熊の猖獗について書いてきたけれど、それまで山里に獣が降りてこなかったのは、獣たちをそう仕向けるような、山里の文化があったからだ。そんな山里の文化が失われれば、当然、獣たちも自由に活動範囲を広げるために里に降りて来る。
この頃、この現象には、平成の市町村合併も影響しているんじゃないかなぁと思うようになった。山里の小規模な自治体はまとめられ、都市部の市町村に吸収されるようにして消えていく。そりゃあ、合併前は、「合併後も変わらない行政サービスを維持する」とは言うけれど、山里で起こっている問題について、なかなかその声が、行政に届く距離は遠くなった。それは合併前に比べて、遠くなることはあっても近くなることは無かった。
山里の住人は、ずいぶん前から、「山の獣が里に降りて来るようになった」「とくに近頃は平然と昼間でも山里をうろつくようになった」「農作物の被害が酷くなり、農業を続けることも困難になってきた」と陳情しても、やはり行政の中心部は山里から離れた都市部にあるので、山里の危機感からは遠く離れていた。
昔の、山里に小さな町や村があった頃は、町長や村長だって、獣の被害を目の当たりにする当事者になっていただろう。それだけに、山里の住人と危機感を共有することも、ずっと容易かったに違いない。
そうこうしている内に、山里の衰退は続き、山里を荒らしまわるようになった獣たちは、都市部にも降りて来るようになる。そこで初めて危機感を持っても、山里の事なんてまるで知識がない行政のすることは、どこか現場を知らないまま的外れな対策だけを乱発して、かえって状況を悪化させてしまう。以前から、自治体と猟友会との連携がぎくしゃくしているのも、そんな傾向があるのだと思う。実際に獣と近い所にいる人と、自分は山に入る事も無いまま指示だけをする人との間には、まともな連携が生まれるはずがない。
話は少しずれるが、市町村合併が取りざたされた頃、「コンパクトシティ」という考え方が広く喧伝された。「山里のような、広大な土地に希薄な人口密度の集落を維持するのは金がかかって不経済だ。山里よりも、もっと平野部に人々を集めて、そこに学校や病院などの施設も集約して、小さな地域に暮らしを集約すれば、経済的な町が出来る。」というもの。
考え方自体はその通りだろう。ただ、私にはその考えは、単なる縮小再生産にしか見えない。物騒な例えを使えば、「撤退戦」だろう。敵の攻撃に耐えられなくなり、戦線を後退・縮小させ、守りに入る。あまり、胸を張って威張れる状態ではない。
国が本当に繁栄している状態と言えば、都市部だけに人々が住んでいるのではなく、山には山の民がいて、海の島々には島の民がいて、それぞれがそれぞれの暮らしと文化を営んでいるような状態だろう。
過去数十年、この国は、「大きい組織の為なら小さな組織は犠牲になってもかまわない」といったやり方で、その場をしのいできた。しかしそれは繁栄への道筋ではなく、衰退の過程での撤退戦でしかない。
そこから、真に拡大路線へと変換できるかは分からないが、その時には、「大きい組織の為なら小さな組織は犠牲になってもかまわない」という発想は捨てる必要がある。大きい組織も、小さな組織も同時に反映へと向かわせるやり方を明示しないと、まだまだ撤退戦は続くだろうな。
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