雨の多い週だった。それも冷たい雨が降り続いた。ほんの少し前まで、気温が25度を超える事も多く、これまで夏服のままで来ていたのが、油断すると体を冷やして風邪になるような感じ。慌てたように冬服の準備をした人も多かったと思う。23日は霜降。暦の上では、朝に霜が降りても不思議ではない時期に来ていることになる。実際、10年くらい前だったら、10月の下旬ともなれば、藤野でも初霜はあったと記憶している。さすがに近年は、初霜はもう少し遅くにずれこむが。
それでも北国では初冠雪の報せも届いている。藤野の山は、まだ紅葉と言うには程遠いが、これから彩を増してくるのだろう。近隣の家でも、薪ストーブのある家からは、煙突から煙が出るようになった。
相変わらず、全国的に熊に襲われるニュースが続く。何でも高尾山でも熊の目撃例が出たとか。前回の日記で、そのような動物対策に、ドローンとか新しい技術でも使えばいいのに、と書いたけれど、実際、既に行っている所では行っている。ただ私の考えとしては、もういっそのこと、こういった困った事に関しては、国が先頭をきって、大学のような研究機関や、機械の開発や製造や販売をしている企業をまとめて音頭をとって、有害鳥獣対策に特化した技術開発をすればいいのにと思う。
例えば、道路の無い山道でも移動が可能な、4本脚になるか6本脚になるかは分からないけれど、どんな斜面でも登り降りし、どんな藪でもかき分けて進むようなロボットを作るとか。
そんな山野を駆け巡るロボットと、空を飛び回るロボットが協調して野生の動物を監視し、それらの動物が里に下りてくるような行動を示したら、始めは爆発音のような騒音で威嚇したり、夜間であれば動物が嫌がるような光を照射したり、それでも里に下りようとしたら、撃退するスプレーを吹き付けるとか。
ここでちょっと話は大げさになるが。
私は日本と言う国は、昭和が終わって平成が始まった頃から、拡大再生産が終わって縮小再生産が進行していると考えている。この縮小再生産は今も進行中で、状況は悪化しているし、反転して攻勢に転じる機運すらないと、私は感じている。
そうなった原因は、とにかく昭和までは、技術が人々を幸福にする明確な実感と喜びがあった点にある。蛇口をひねれば水が、ガス栓をひねれば火が、スイッチを入れれば灯りがつく暮らし。夏は涼しく冬は暖かい暮らし。車に乗ってどこにでも行ける暮らし。これは誰にでも実感として理解できる喜びであり、こういった世の中が出来上がるのなら、誰だってそれに参加して働くことを厭わない。こうなると世の中が発展する勢いは、相当なものになるだろう。
それが、いつからか、次の喜びを目指す機運は失われ、すでに獲得した豊かさの現状維持だけに頭が向き、冒険も挑戦もしなくなっていった。
そうして、もはや地盤沈下しかできなくなって、停滞から転落へと事態は悪化していった。私としては、この現象を反転させる次の目標なり、次のきっかけは何かについて、考えてきたけれど、なかなか答えが見つからなかった。でも最近、どうやらこの方面で、もう一回、喜びの創出をしてみたらどうだろうという目標が、おぼろげながら見えてきた。
それが、前述したような有害鳥獣から里を守る「夜警のロボット」なんて、その一例だと思っている。こんな事を書くと、「たったそれだけの事で、世の中が変わるか」と失笑する人が大半だろう。もちろんこれだけではない。
私が考えているのは、とにかく今困っている事柄に対して、技術を使って解決してみたらどうだ、という事。山里が困っている事は他にもいくらでもある。ここでも再三書いてきたけれど、バスやタクシーのような公共交通機関が成り立たないようなら、無人運転のバスやタクシーをどんどん実用化するとか、農業の担い手が不足しているのなら、作業を手伝ってくれる機械を開発して導入するとか。医療の現場での医師の数が山里では確保できないのなら、患者をバーチャルリアリティーで遠隔地から診断したり、治療したりできるような技術を使うとか。
そんな開発に大金を投じても、利益に結び付かないので、国も企業も乗り気にならないだろう、と思う人も多いと思う。私もこれまでは、そう考えていた。
ただ最近になって、いや、それは逆ではないか、と思うようになった。とにかく困っている人がいるのなら、それは明らかに需要があるのだろう。すぐに莫大な利益が帰って来るとは私も思えないけれど、新しい産業と言うのは、そういう所から芽生えが始まると思う。
どうだろう、熊監視ロボットなんて、これだけ熊騒ぎが起きているのなら、そろそろ動き始めても良いのではないかと思うのだけど。
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