長く続いた冬晴れで、山の沢もすっかり水量を減らしていたし、もともと水量の少なかった沢は水が枯れている所もあった。それが、先週の一日、まとまった雨が降ったせいか、少し水量を回復したように見える。とはいっても、回復したように「見える」という程度で、目に見えて水が豊富になったわけではない。これまでほとんど雨が降らなかったせいで、少々の降水だったら、カラカラの山が吸い込むだけ吸い込んでしまい、沢の増水にはつながらないようだ。
一年でも最も寒い時期なのだろう。実際に、寒いなぁと思う。ただ、10年、20年前の事を思うと、藤野の寒さは本来、こんなものじゃなかったよなぁとも思い出す。この冬でもマイナス2~3度程度は落ちているようだけど、以前はマイナス8度なんて低温も普通にあった。家の外に出ている水道の配管には防寒の素材を巻き、電熱線も付けて凍結を防ぐ備えをしているが、そこまでやっても水が出にくくなる朝はあった。今のところ、そこまでの低温は無いようだ。
相模湖も、湖面全体が結氷するようなことはさすがにないが、浅瀬の岸辺は氷が張るのが普通だったが、今ではそんな結氷も見ていない。昔のような、寒いと言うより「痛い」と感じるような寒さは、徐々に思い出の中だけのものになりつつある。
気象庁は、これまでのところ冬らしい寒さが続いたけれど、これからは寒気も緩みがちになると予報している。
最近、民話の「かちかち山」について関心があってネットで検索してみたら、こんな動画に出くわした。
「カチカチ山」とかいう和製サウスパーク、いつからヌルくなったのか
語り口は平易だけど、国立国会図書館に通い詰めて調べ上げた労作。かつては残酷な描写があった民話が、時代が進むに従って、残酷さが削られていく。この動画だと、この民話を出版した側の「あとがき」の変遷も調べているのが興味深い。
ただ、この動画では触れられていない点で、私としては「現代を生きる人々の視点では、なかなか想像ができないかな」と思ったことがある。
この民話では、登場人物のおばあさんが悲惨な事件に遭い、悲惨な死にざまを迎える。現代人には、なんでこんな残酷な物語にするんだと疑問に思うのは当然だし、この残酷さを削除して現代的に物語を変えていくのも普通だろう。
ただ私には、この物語も含めて、なんで残酷な物語を昔の人々は「必要としたか」について考えて、それについても伝えてもいいのではないかと思う。
昔の家は、現代のような核家族は稀で、数世代が一つ屋根の下で暮らす大家族が普通だった。そこに、日々の労働の苦しさ、環境の厳しさ、家制度の上下関係などが加わって来ると、そこにある人間関係も決して平穏無事だけでは済まなくなる。
嫁と姑の対立なんて現代のレベルではなかったかもしれない。そんな中、昔話の語り部となると、子供たちに寝物語に昔話を聞かせる母親の役割になる。その語り部が、おばあさんが悲惨な事件に遭い、悲惨な最期を迎える場面を語る時、その語調には異様な力がこもっていたのではないか。
かちかち山に限らず、高齢者が悲惨な末路を迎える民話は案外多い。ただ、それが直接的に描写されずに、正直なおじいさんとおばあさんが幸福になり、意地悪なおじいさんとおばあさんが悲惨な最期を迎える、と誰にでも納得しやすい勧善懲悪の物語に落とし込んでいるが、私には、こういった民話の本質は、誰でも納得できる勧善懲悪の理屈ではなく、もっとドロドロした、理屈を超えた感情にあると考えている。
このような視点は、現代になるにつれ、想像ができない人も増えていく事だろう。今でも、藤野のような山里では、数世代が同居する家も少なくはないが。
それでも昔とはだいぶ状況が変わっている。例えば、山里では自家用車は、一家に一台どころか一人に一台あるのが普通になる。昔は、衣食住の全て、人間関係の全てが村の中で完結していて、そこに息詰まるような苦しさ、風通しの悪さがあったが、今はだれでも毎日、村の外で仕事をし、買い物をし、子供たちは学校に行く。こうなると昔ながらの「村の掟」なんて効力を持たない。
いやな環境、いやな仕事、いやな人間関係は簡単に捨てる事も可能な時代は、山里だって変わらない。この方向性は、今後も進むことはあっても後退することは無いだろう。
10年前、20年前の冬の厳しさが想像できない世の中になるように、昔の家制度の人間関係の、理不尽とも言える苦しさ厳しさを、まったく想像できない世代が当たり前になる世の中に、なっていくのだろうな。
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