2024年 9月22日

 お彼岸。「暑さ寒さも彼岸まで」とは言うが、それはお彼岸を過ぎれば35度とか40度といった酷暑は無くなっていく、という意味ではないはずだ。さすがに朝晩は快適に過ごせる気温になってきたが、昼間は少し動くだけで汗が噴き出るくらいには暑い。彼岸花は例年通りの時期に咲き始めたけれど、どうも今年は勢いがない。これも、何らかの異常気象の影響だろうか。

 日差しの強さ、湿度の豊富さ、雲はたちまち湧き上がって空高くそびえたち、雷鳴をならせて大雨を降らす。先日の雨では八王子にゴルフボール大の雹を降らせて、車とかビニールハウスとかをボコボコにしてしまったそうな。

 こういう現象、たぶん、これからは普通になっていくのだろう。気候変動の影響で、単に夏が暑くなるだけではなく、今までに無いような雹が降ったり、今までに無いような強風が吹いたり、今までに無いような竜巻が襲ったりと、暑さ以外にも、今まで経験していない荒っぽい現象が出てくると思う。

 「秋雨」という言葉も、もはやかつてのような、しとしとと静かに降る風情のあるものではない。大気中に湿気は豊富にあるようで、秋雨前線に猛烈な量の湿気を供給する。秋雨前線はもはや線状降水帯とゲリラ豪雨の巣になった感がある。

 そんな秋雨前線に、能登半島が被害に遭った。正月元旦の地震で被災したばかりなのに、天を恨む気持ちにもなるだろう。

 考えてみれば、毎年のように日本のどこかで、酷い水害が発生するようになってきた。これは毎年のように、どこかが爆撃されるみたいなもので、こんな状態がこれから続いて行けば、日本列島の住民は徐々に疲弊していくだろう。始めは、維持できない村の放棄から始まり、続いて維持できない町の放棄となり、ついには維持できない市の放棄となるかもしれない。

 これでは、地域を「栄える」どころか、現状維持だけでも精いっぱいになってくる。これはなかなか厳しい事態だと思うけれど、それをなんとかしようとする政治的気運は見られない・・・というか、政治に問題解決能力を期待できない、政治的空白期に入ってしまったように感じる。

 こんな時、「栄える地域」を創造できるだけの力を発揮できる、人間集団って、どこに現れるのだろうか。

 いろいろ考えてみたけれど、そういった、問題解決能力に長けた集団って、一度、戦国時代を経験するしかないんだよなぁ、という所に落ち着く。個々の実力やアイデアを思う存分にのびのびと活躍させると、当然、そこの問題解決能力は高くなる。当然、その地の国力は高くなる。そして、個々の実力やアイデアを発揮できずに国力を高められなかった地域を、弱肉強食の理屈で併呑していく。

 活気はあるが、生き馬の目を抜くような殺伐とした時代でもある。

 そういえば、いま流行の人工知能だったら、こういった気候変動や災害の多発する世の中について、どんなアドバイスをするのだろう。これが、最も合理的で建設的で実行しやすくて効果も期待できる提案をしてきたら、もはや政治はいらなくなるかもしれない。そこで、最後に政治に残された仕事は、もっと精神的で倫理的なものになるだろう。「人はどう生きていくべきか」とか考えるとか。

 そう考えると、未来の戦国時代は、私が考えている戦国時代とはずいぶん様相が違う。最高の問題解決能力を目指す人工知能どうしが、静かに情報戦を繰り広げる形なのかもしれない・・・というか、すでにそんな状態が、水面下では始まっていないか。

 今、政党の党首選が行われているようだけど、なんとも空虚な感じがする。未来の戦国時代を戦って生き残れるだけの存在が、いるとは思えない。


 話は変わりますが、篠原地域全体を使ったイベント「ぐるっとお散歩篠原展」が、10月の13日と14日に行われます。既に、藤野のあちこちにチラシが配られている。チラシは篠原のほぼ全景が写された空撮写真が使われた綺麗なもので、この写真だけでも保存しておきたい。

 で、チラシの中を見てみると、「今年も残ってたか」と、妙な、くすぐったいような気分になった。

 チラシの中に、篠原地区への行き方を示した小さな地図が載っているのだけど、この地図だけ、私がずいぶん昔にチラシ作りを手伝った際に自分が描いたもの。

 今ではチラシもずっとレベルが上がっていて、私が関わった頃とは比較にならないくらい上出来なのに、この地図だけは、化石のように残っている。もちろん、今のデザイナーが改めて描き直して、現在は使われていない施設名が修正されていたりするけれど、基本的なデザインは昔のまま。

 この地図のデザイン、私がパソコンを買って(マックのOSが9の頃)、初めてイラストレーターで描いたもので、今なら、もっと上手なデザイナーがもっと洗練した地図を作ってくれると思うのだけど、なぜか残っている。

 なんだか、昔下手なりに必死になって作った犬小屋が、その後、犬の代も変わっても使われ続けているような、変な可笑しさを感じます。

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