2024年 6月2日

 6月に入り、ホタルブクロが咲き出した。実際に、蛍が出始めるのもこの頃からだ。まだ梅雨入りとは言っていないようだけど、雨が多い週だった。雨が降らない日でも、いかにも湿り気を多く含んだような雲が、重く立ちこめる。南からの湿度の供給が盛んなのだろう。

 前々回の日記でヤマビルについて書いたけれど、ちょうど良くこんな動画があった。ここで説明されている事の一つに、ヤマビルは蚊やダニのように病原菌を拡散させる生き物ではないようだ、というのがある。実際、そうらしい。その意味では安全な生き物といえるのかもしれないな。かといって、喜んで血を吸わせるわけはないけれど。

 ヤマビルを駆除していく対策法はいろいろある。いったん拡散してしまうと、なかなか根絶とまでいくのは難しいが、数を減少させる事なら可能だ。ただ、それを実現するには、地元の住人がヤマビルの駆除を「文化」と呼べる領域にまで、生活習慣の一つにしなければならないと思っている。

 一年の暮らしの中で、何度か、年中行事のようにヤマビルの活動しにくい環境を作っていく事。草刈りをこまめにすること。刈った草を燃やすなりして処分する事。そういった事を、地域全体で心がけないと、難しいかなぁ、と。

 ヤマビルに血を吸われるのはいやだ、という人の中にも、平気でサンダルのような履物で草むらに入る人がいるからなぁ、それじゃあ喰われるでしょ。

 一度、血を吸ったヤマビルは、かってにポロリと人の体から落ちて、卵を産む。そうしてまたヤマビルが増えて行く。「ヒルに血を吸われた」と悲鳴を上げる人は多い。しかし、厳しい表現を使わせてもらえば、その人はヒルに喰われた犠牲者かもしれないが、ヒルの拡散に手を貸している加害者の側面も持っている。靴や衣服に、あらかじめ虫よけスプレーを吹きかけるとか、ちゃんとした対策もとらずにヤマビルの被害を受けるのは、無知なだけでなく有害でさえある。

 ちょっと、厳しい言い方が過ぎたかな。ただ、家の中を埃だらけにして散らかったままにしていると、やがて病気になってしまうように、病気や不幸を避けたいと思えば、自らを厳しく「律する」気概は、やはり必要だと思う。

 それにしてもだ、前にも書いたけれど、ゴキブリホイホイみたいな、ヤマビルホイホイみたいなヤマビル捕獲器とか、どこか作ってくれないかしらん。うまくいけば大量の買い手がつくと思うのだけど。

 これは私の印象なのだけど、一昔前だったら、こういう厄介事があった時は、かなり短期間で、それに対応する商品が生まれていたのではないか。なんか今の日本は、そういった人々の需要に応える新商品を生み出す気概が、すっかり無くなってきているのではないかと不安になる。

 新しい商品や、新しい技術や、新しい文化を生み出す気概を無くし、それどころか、既存の商品や技術や文化の維持にも情熱を無くし、それまで出来たことが出来なくなって衰退が進んでいく。昔、ホンダが湯たんぽを燃料タンクにして原チャリを作ったような、人が望むものなら何でも作っていこうという情熱は、すっかり無くなってしまったのではないか。

 案外、情熱なんてものは、貧しい時代の方が旺盛に湧き上がるものなのだろうな。

 江戸時代の末期に生まれた人は、その後の世の中の変わり方が想像もできなかったと思う。それこそ親が子の暮らしを理解できず、子が孫の暮らしを理解できないと言う勢いで、科学技術が進んで暮らし方は変化し続けた。

 でもこれからはどうなんだろう。例えば今から百年後の世界は、今の人間が想像もできないような世界なのだろうか。江戸時代末期の人が、百年後の世界を想像もできなかったように。

 もしかしたら、親の暮らしとさほど変化のない暮らしを子がしていて、子の暮らしとさほど変化のない暮らしを孫がしているかもしれない。これは、停滞の時代という事になるのだろうな、少なくとも20世紀と比較したら。

 まあ、21世紀ならではの猛烈な進化は、最近話題の人工知能の技術のような、世の中の物質的な表面を変えるものではなく、世の中の仕組みそのものを静かに変えていってしまうものが主流になるのかもしれない。

 そうなったらなったで、21世紀の進化は、20世紀の進化よりも、静かで、物質的な騒々しさはなく、一見、世の中の表面はほとんど変化がない形で進んでいくのかもしれない。

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