2023年 9月10日

 金曜日に台風が通過した。始めは、天気予報を見ると、猛烈な雨を長時間降らせそうな雨雲が藤野近辺を停滞しそうだったので、こりゃあ酷い災害級の雨になるんじゃないかと内心ビクビクしていたが、幸い、そこまでの降りはなかった。風も吹くことはあったけれど、典型的な雨台風で、木々の枝が折れるような強風も無かった。

 それでも、被害を出す所では出したらしい。今回は千葉県が特にやられたみたいだ。ここ数年、毎年のように思うけれど、風水害に関しては、毎年、日本のどこかで爆撃されたような被害を与えている。ある時は九州で、ある時は東北で、ある時はまた別の場所で。

 こんなふうに天災にいじめられ続けると、もう立ち直る気力を失ってしまう地域とかも出てくるのではないか。どこかの山あいの温泉旅館だったか、災害に見舞われてテレビのインタビューを受けていたが、「以前受けた災害からようやく復旧できたと思っていたらまた災害に見舞われた。これでは営業を続ける気になれない。」とこぼしている映像を見たことがある。そういった地域が、これから当たり前のように増えて行くのではないかと思う。

 近年の災害は、今までの災害とは違う規模のものが増えてきた。「いくら雨が降っても、ここらへんは水害なんて起きる事はなかった。」と地元の住民が考える所でも、災害が発生するようになってきている。今までの常識が通じない世界になりつつあるのは確かなのだろう。

 そんな中、この日曜日には地域の防災訓練があった。地元住民の安否確認をしたり、炊き出しの食事を作ったり、倉庫に保管してある防災の用品を並べて使い方を勉強したり。特に今年は、篠原と牧馬の自治会で組織している自主防災組織の在り方を変更した年でもあり、これまでとは違った防災への取り組み方への説明もあった。

 その説明の場で興味深い話を聞いた。篠原にある廃校施設の旧篠原小学校は、山里を体験できる施設として「篠原の里」と名を変えて運営されている。宿泊施設としても使われている。小さな山里である篠原では、最も大きくて災害時には避難場所として使いやすい施設だけど、ちょっと問題もあった。

 この篠原の里、大雨が降った時に土砂崩れが起きる場合、危険性のある場所として指定されている。そのため、なかなか積極的に避難場所として使う事に、ためらいが生じがちだった。

 それが、これから1~2年くらいの時間をかけて、崩れやすい箇所の工事を施し、堂々と篠原の里を避難場所として使えるようにしていくとのこと。すでに予算も組んであるそうで、その工事が終われば、大雨の時でも安心して篠原の里を避難場所に使えるわけだ。

 なんかねえ、今まで、避難するなら(篠原からかなり遠い)南小学校まで行ってくれ、というのが正式な話だったけれど、それも非現実的だった。

 個人的には、篠原の里の周辺は、あの辺りではけっこう安全な場所だと思っている。勿論、前述の工事は必要だと思っているけれど。

 私が安全だと思っている理由は、あの辺りに、縄文時代の住居跡があるんですよ。そういう遺跡が未だに残っている場所なんだから、安全と考えてもいいんじゃなかろうか。まあ今回の日記の前の方で、「いままで災害が起きた事が無いような所でも、今後は災害に見舞われるようになるのでは」と書いたばかりだけど。

 私には、縄文時代の人々が暮らした場所って、どこか健全な場所と言う印象がある。日当たりよく、地盤もよく、土地はじめじめしていなく、かといって乾き過ぎもなく、近場に綺麗な水があり・・・。だいたい、こういう場所を上手に選んでいる。まあ昔は人口も少なかったから、良い場所を選んで住めたという事もあるのだろう。

 それが時代が進むにつれ、そして科学技術が進むにつれ、本来はあまり人が住むには不適当な所でも、技術と労力を投入して無理やりにでも住んでしまおうと言う流れになった。近年、災害で家を壊す事例が増えてきたけれど、災害の激甚化も理由の一つだけど、無理な所に家を建てすぎた事も、大きな理由の一つなんだろうな。

 この流れを考えると、二つの可能性が浮かんでくる。一つの可能性は、これからは、災害の激化によって、山里に住む人はいなくなり、みんな都会に住むようになること。もう一つの可能性は、逆に都会から山里に人が逃げていく事。

 大半の人は、前者の説を取るだろう。私も、短期的にはそうだと思う。

 でも、長期的にはどうかな。どれだけ長期的かは判らないけど。

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