2021年 12月19日

 山の木の葉は常緑樹を除き、ほとんど落ちた。寒さも徐々に本格的な冬らしさを見せ、北海道や東北では大雪の知らせも来る。

 最近、こんなニュースがあったんだけど。

おばあちゃんの描いたネコ 相模原「地産ガチャ」に登場

 いわゆる「ガチャガチャ」の商品として、猫のイラストのバッジを採用している。猫のイラストを描いているのは介護施設の利用者。この介護施設、牧馬も含まれる篠原地区にある。それにしても、面白い事を考えるなぁと思うと同時に、ちゃんと人の心を打つような商品になっているなぁとも感心する。

 アイデアを出す人は世の中にたくさんいるけれど、それを形にして、商品として成り立つ所まで仕上げるのは、なかなか難しい。

 この介護施設には薪ストーブがあり、山里出身のお年寄りの利用者の中には、薪ストーブにあたり、薪を火にくべるのを楽しむ人もいるようだ。山里出身のお年寄りにしてみれば、子供の頃からしてきた事だからね。

 休日になると、山のあちこちで木を伐るチェーンソーの音がする。伐期でもあるし、薪作りでもある。

 ただ、今伐っている木は、この冬の薪になるのではなく、次の冬の薪になる。それまで薪棚に置いて乾かさないとストーブには使えない。ただ昔から薪を使っているお年寄りにしてみれば、「生の木を火にくべたほうが暖かくなる」という意見を持つ人も多い。実際にそうなのかな。

 まあそう言われても、薪ストーブに生の木を入れるのは厳禁なんだけどね。煙突の内側に煤が溜まっちゃうし。煙突に煤が溜まると、今度はその煤に火がついて火災になりかねない。

 ああそうだ、木を伐って、適当な大きさに割って、薪ストーブ用に保管するのだけど、最初から屋根のある薪棚に入れるのではなく、始めは雨ざらしにした方が良いみたいだ。これは、同じく薪ストーブを使っている人からも似た話を聞く。

 薪を雨ざらしにすることで、薪の表面に付いているヤニとか栄養分が雨に流されると、薪にカビが生えにくくなる。薪を割ったその直後に薪棚に詰め込むと、薪がカビだらけになる事もあるようだ。

 あと、薪の表面が一度雨で流されると、薪の乾きも早く進むようだ。

 こう言うことは、実際に作業を何年もやって、初めて実感として気づく。

 前回、冬至について書いた。個人的には冬至に対して、どこか厳粛に身構える感じがある。

 私は五経の一つである「易経」をよく読むのだけど、易占いはやらない。ただ、易占いをする人たちにとって、冬至は特別な日なんだそうな。なんでも、来年について占う場合、冬至の干潮の時間帯を選ぶのだとか。ちなみに今年の冬至は22日で干潮は午前零時頃。なんか、この時間を前にして、日本中の易占い師が来年を占うという行為に、(私は占いを信じないとしても)、天の意思を尋ねるような厳粛さを感じてならない。

 いや、易だけに限らず、年末年始は、日本中の神官に相当するひとったちが来年の吉凶を占っているだろう。中にはお粥を作って占う神社もあるが。

 10年くらい前だったら、「まあ神社の伝統行事なんでしょうね」、くらいにしか思っていなかった。ただ、毎年のように水害があって、各地で被災地が生まれたりするのを見ると、「来年のこの土地は、どうなるんでしょうねえ」と占う気持ちには、私にも切実なものが出来てきたようだ。

 災害や疫病で、この土地も無事では済まない、この土地も被災地になるかもしれない、そういう気持ちが普通になってしまった。

 今夜は満月。浩々と、さえた月明かりが山々を照らしている。上の写真は土曜日のものだけど。

 気が付けば、自然界に対して平穏を祈るような気持ちが普通になり、ガラにもなく敬虔な気持ちで天に向き合うような感じは常にある。冬至の季節は、そんな気持ちになるのに、相応しい時期でもあるのだろう。

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