2021年 11月28日

 北国では初雪の知らせが聞こえてくる。一時的に冬型の気圧配置になり、北風が吹いた。朝は霜が降りるのが普通になってきた。冬への進行が加速していく。

 寒くなっても行楽の人々の勢いは衰えない。キャンプ場は満員だし、道志の道は、車がひっきりなしに通過していく。道志川沿いのキャンプ場に行くのか、山中湖まで行くのだろうか。

 南アフリカで、新型肺炎の新しい変異株が流行の兆しとか。なんか日本はすっかり小康状態だけれど、世界全体で見ると感染が拡大している地域だって少なくない。ただ、こういった疫病って不思議なもので、流行が終わるときは、まるで憑き物が取れるように終わる。100年前のスペイン風邪もそうだった。

 専門家でもない私が言うことではないけれど、この疫病、そろそろ出口が見えてくる頃なんじゃなかろうか。

 これはウイルスではなくて癌細胞の話だけど、こんな動画を見た。

生物学上で起こる奇妙なパラドックス-ピートのパラドックス-

 まだ仮説の段階だけれど、「癌細胞を攻撃する癌細胞が発生する」なんて事がありうるのだろうか。ウイルスも、変異を繰り返すうちに、自らを死滅させる方向に動く進化をする事も、あるような気がする。

 山には沢山の木があるのだから、薪の材料には困らないだろう、と思う人は多いと思う。薪の商売なんて、いつでも始められるんじゃないか、と。でも、実際に薪の商売に直面してみると、なかなか複雑な事が分かる。

 まず薪の種類が複雑だ。針葉樹と広葉樹では火の持ちが違う。キャンプ場などで煮炊きに使うのなら針葉樹の薪の方が使いやすいが、薪ストーブでの利用だったら、針葉樹ではパッと燃えてパッと燃え尽きてしまい、始めの焚き付けには向いているけれど、あまり歓迎されない。薪ストーブに喜ばれるのは、ナラなどの重い広葉樹で、これは長い時間をかけてじっくりと火を保ち続ける。

 また薪の大きさも違う。温泉施設などで燃料として使う薪は、鉄道の枕木のように大きい薪を使うし、そのような薪の場合、薪の製造機械の値段だってかなり高価だ。

 他に、どのくらい薪が乾燥しているかの問題もある。ある程度、湿りが残ってても大丈夫という用途もあれば、1年以上かけて、きちんと乾燥しておかないと困るという用途もある。

 お客がどんな薪を必要としているか。生産する側は、それに合わせた生産体制を整える必要がある。

 結局、薪という、山から切り出して売ればいいんじゃないかと思われがちな単純な品でも、お客の利用目的に合わせて加工しなければ商売にならない。

 これから二酸化炭素をなるべく排出しない産業の構造を作っていこうという流れの中で、木質バイオマスも注目されているけれど、単に山の木を燃料にすりゃあいいんだ、といった気持ちだと、上手くいかないんじゃないかなぁ。かつては山の木を木炭に加工する職人がいたように、丁寧な仕事をする職人の存在が生まれないと、薪の利用も進まないと思う。

 さらに言えば、そういった職人は、自然の力をうまく使う知恵が必要になる。山から切り出した木を割って薪にするにしても、しっかりと乾燥させないと薪にならない。当然、その乾燥は、太陽の熱と風の作用に期待することになるだろう。薪を乾燥させるのに石油を使うとか、薪を燃料として使うとかいった話になったら、それこそ笑い話だ。

 「木を燃料にすればいい」そういう考えはここ数年でかなり広まった。でも、木材を燃料として継続的に使うには、布を加工して衣類をつくるような、粘土を加工して器を作るような、職人の存在が不可欠になるだろうな。

 都会に住んでいる人には、なかなか想像がつかないかもしれないけれど。

 これは前回の日記と同じ事を書くけれど、やはりこの国から、実際に手足を使って働く労働力が消えつつある事は・・・職人が消えつつあることは・・・この国の終わりを意味しているのではないかと不安になる。

 今からでも、職人を育てる気風を作っていかないと、この国は、頭でっかちだけれど足腰の弱い、口は達者だけれど実行が伴わない、脆い存在になってしまう。

 そんな危機感、どのくらいの人が感じているのだろうか。

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