2020年 12月6日

 師走に入る。いままで小型の電気ストーブでなんとかやってきたけれど、いよいよ石油ストーブを出して使う様になった。土曜日の朝は時雨になり、なんでも茨城県では雪になったらしい。いい加減、車のタイヤも換えなくちゃいかん。

 まあそれでも、陽の当たる日中は心地よい小春日和になる。藤野周辺の山は、今頃が一番、山登りには適しているんじゃなかろうか。晴天が続くし、木々が葉を落として遠くの山も臨めるくらいに見晴らしが良くなるし。なによりヤマビルが出ないし。

 新型肺炎が神奈川県でも流行が拡大し、緊張感が増して来た。神奈川県って、けっこう感染被害が大きい県で、日本の新型肺炎の死者の内、10人に一人の割合で神奈川県民が入る勘定だ。ただなぁ、繁華街とかで流行が拡大するのは判るけれど、登山を楽しむくらいなら感染拡大にはならないんじゃないかしらん。この疫病。人々の趣味や娯楽の形も変えてしまうのかもしれないね。

 そろそろこの一年を振り返る時期だけど、やはり、疫病に振り回された一年だったなぁ、という印象が強い。昨年は水害に振り回されたけど。

 今年は幸い、水害は無かったけれど、今もなお、藤野のあちこちで、水害で被害を受けた地域の復旧工事は続いている。道路とか住宅とか、崩れた所のすべてが復旧が終わるまでには、まだまだ時間がかかるみたいだ。

 新型肺炎の影響で、都会暮らしから郊外に引っ越す人々の話をよく聞く。「在宅勤務も一般化しそうだし、密集した都会に住むのも危険が多そうだし、郊外で暮らすのも良いんじゃないかな」、と思った人が多いのではないか、という説明がなされるが。

 確かにそういう人も多いだろう。けれど、もっと切羽詰まった理由の人も多いのではないかと思う。というのも、そういう人の話を幾つか実際に聞くからだが。

 何が「そういう話」かと言うと、疫病の影響で仕事が減ってしまい、収入も減ってしまい、都会で暮らすのが経済的に難しくなった結果、地方への移住を考えるという人が、けっこういるみたいで、実際に「知人の知人」くらいの関係の人で、そんな話を幾つか聞いた。こんな事を言うと、「疫病の影響なんて一時的なものだろう。あと1~2年もすれば、また元の日常に戻るんだから、いましばらく我慢すればいい事だろう。何も都会から地方に引っ越す事もないんじゃないのか。」と言う人も多かろう。確かにその通りかもしれない。

 ただ私としては、この「都会から地方へ」という動きは、疫病だけが原因ではなく、もっと大きな時代の流れの中の現象だと思っている。例えば、仮に疫病が今年は無くても、仕事が減って都会で暮らす事を諦めて、地方へ移住する人は、案外多かったのではあるまいか。

 一言で言えば、時代の変わり目ではあるのだろう。昭和の時代は拡大の時代で、平成の時代は拡大が停止して停滞の時代だった。しかし停滞の時代とは言っても、経済活動は続けなければならない。そこで、昭和の時代はみんなが豊かになる方針で来たのが、平成の時代は、庶民を貧しくさせて企業や富裕層を豊かにさせる方針に切り替えた。でもこんなやり方も限界が来て、令和の時代になって、全てを一度、解体して出直さなければならない所まで来てしまっている。トランプとか麻雀とか、一度試合が終わったら、全てのカードをごちゃ混ぜにして、再び試合を始められる状態にするようなものだろう。

 トランプや麻雀と違うのは、トランプの場合、一つのゲームが終わって、札をごちゃ混ぜにして再試合するにしても、次にやるのも同じカードゲームだけど、時代の変化の場合、やる事自体が変わってしまうという事がある。

 例えば、20世紀のゲームが利権の獲得だとしたら、一度ゲームを終えて、世の中の形を解体して、次に始まるゲームは同じゲームではない。それがどういうゲームになるのか、私にも確信があるわけではなにのだけど。

 それがせめて、人道的で文化的なものであると良いのだが。

 私は未来の形に関して確信が持てないが、持てている人もいるかもしれない。多分、そういう人の特徴って、あまり発言をコロコロと変えない人なんじゃないかな。勿論、人間は神様じゃないんだから、状況の変化に応じて考えを変えるのは当然だけど、考え方の根幹に当たる部分は、変える事無く突き進んで行くのではないか。

 継ぎの時代を作るのは、きっと、そんな人たちなのだろう。

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